この記事は、武田双雲さんの対談動画と『現代思想入門』をきっかけに、承認欲や自己肯定、二項対立について僕なりに考えた個人的な感想です。
承認欲をなくすのではなく、ほどく。
そんなことを考えるきっかけになりました。
先日、武田双雲さんの対談動画を見ました。
こちらの動画です。
ここで語られていたのは、「承認欲」や「幸せ」、そして「おごり」についての話でした。
僕はその内容に、かなり共感しました。
なぜなら、最近読んでいた『現代思想入門』に出てくる
二項対立の脱構築
という考え方と深く重なったからです。
物事を二つに分けてしまう僕たち
僕たちは、つい物事を二つに分けて考えてしまいます。
- 幸せか、不幸か。
- 前向きか、後ろ向きか。
- 自己肯定か、自己否定か。
- 承認欲があるか、ないか。
そして、いつの間にか片方を「良いもの」、もう片方を「悪いもの」として見てしまう。
でも、本当に大切なのは、承認欲をなくすことでも、無理やり幸せになることでも、自己肯定感を高めることでもないのかもしれません。
大切なのは、そうなろうとしている自分を、静かに見ることなのだと思いました。
きれいな言葉で、見たくない自分を隠していないか
「感謝しよう」
「前向きに考えよう」
「自分を肯定しよう」
これらは、とても大切な言葉です。
でも、使い方を間違えると、見たくない自分から目をそらすための言葉にもなってしまう。
本当は悔しい。
本当は認められたい。
本当は嫉妬している。
本当は空虚感がある。
そんな自分がいるのに、きれいな言葉で包み隠してしまうことがある。
僕自身にも、思い当たるところがあります。
「人のために何かを届けたい」
「誰かの解釈を前向きにしたい」
「自分の物語を生きる人を増やしたい」
そういう気持ちは、たしかに本心です。
でもその奥に、「認められたい」「すごいと思われたい」「自分には価値があると感じたい」という気持ちも、正直あると思います。
だからこそ、承認欲を悪者にして消そうとするのではなく、まずは「自分の中に承認欲がある」と気づくこと。
そこから始めたいと思いました。
二項対立をほどいてみる
『現代思想入門』を読んで印象に残ったのは、物事を単純な二項対立で捉えない、という考え方です。
- 良い/悪い。
- 成功/失敗。
- 前向き/後ろ向き。
- 肯定/否定。
こうした分け方は、世界をわかりやすくしてくれます。
でも、わかりやすくすることで、こぼれ落ちてしまうものもある。
後ろ向きな感情の中にも、本音がある。
嫉妬の中にも、本当は欲しかったものがある。
承認欲の中にも、自分の痛みや願いが隠れている。
そう考えると、前向きか後ろ向きかを裁くよりも、その感情が何を教えてくれているのかを見ることの方が大切なのかもしれません。
自分の物語を生きるとは
僕はこれまで、「自分の物語を生きる」という言葉に惹かれてきました。
でも今回、少し考え方が変わりました。
自分の物語を生きるとは、都合よく前向きな意味づけをすることではない。
見たい自分だけを見ることでもない。
きれいな言葉で自分を飾ることでもない。
むしろ、見たくない自分も含めて、ちゃんと見ること。
承認欲。
おごり。
嫉妬。
不安。
空虚感。
未熟さ。
弱さ。
そういうものを排除せず、「これも自分の中にある」と気づくこと。
そのうえで、もう一度、自分の人生を編み直していくこと。
それが、本当の意味で「自分の物語を生きる」ということなのかもしれません。
承認欲をなくすのではなく、ほどく
前向きな解釈は大切です。
でも、現実を見ないまま前向きになろうとすると、それは逃避になってしまうこともある。
だからこれからは、ただ前向きになるのではなく、現実をまっすぐ見たうえで、意味を編み直していきたい。
承認欲をなくすのではなく、ほどく。
弱さを隠すのではなく、そこにある物語を見る。
矛盾したまま、揺れながら、それでも今ここから歩き直すこと。
その歩みの中にこそ、本当の意味での「自分の物語」があるのだと思います。



"なしお"という名前は、このブログを作る時に命名しました。命名の由来は、「スキルなし、経験なし、人脈なし、学歴なし、コミ力なし」ということで"なしお"です。当時の僕には、何もないと思ってたので、"なしお"という名前を自分に命名しました。
そして、"ない"を、"ある"に変えていく・気づいていくための、"なしお"の奮闘をこのブログに記していきます。その中で、他の誰かに、お役に立つ情報が少しでもあれば幸いです。