この記事では、漫画『ブルーロック』を「自己探求」「エゴ」「自分の武器」「主人公感覚」という視点から考えてみました。
サッカー漫画としての面白さだけでなく、自分を主人公として生きるためのヒントとして読んだ、個人的な考察です。
最近、漫画『ブルーロック』を読んでいて、これはただのサッカー漫画ではなく、「自分を主人公として生きる」ための物語でもあるなと感じました。
ブルーロックは、世界一のストライカーを生み出すために、才能ある選手たちが集められ、自分のエゴと向き合いながら成長していく物語です。
サッカーの勝ち負けだけではなく、
- 自分は何者なのか
- 自分の武器は何なのか
- 自分は何を望んでいるのか
という問いが、物語の中にずっと流れているように感じます。
エゴは悪いものなのか?
「エゴ」と聞くと、わがまま、自分勝手、自己中心的、そんなイメージを持つ人も多いかもしれません。
たしかに、人を傷つけたり、相手を支配しようとするエゴは、苦しみを生むことがあります。
でも、ブルーロックを読んでいると、エゴにはもう一つの面があるように感じます。
それは、自分の奥から湧いてくる純粋な欲求です。
- 本当は勝ちたい
- 本当は認められたい
- 本当は自分を出し切りたい
- 本当は主役として生きたい
そういう思いは、きれいごとだけでは消せないものです。
むしろ、その本音を見ないふりしていると、自分が何をしたいのか分からなくなってしまう。
僕自身も、
- 人に認められたい
- 何者かになりたい
- 自分の言葉で何かを届けたい
という気持ちがあります。
以前は、そういう気持ちをどこか恥ずかしいもののように感じていました。
でも最近は、それも自分の中にある大切なエネルギーなのかもしれない、と思うようになりました。
自分の武器に気づくこと
ブルーロックの面白さは、登場人物たちがただ努力するだけではなく、自分の武器を見つけていくところにあると思います。
- 足が速い
- 空間を読むのが得意
- 一対一に強い
- 独特の感覚を持っている
- 勝負どころで力を発揮できる
それぞれが、他人とは違う自分だけの武器を持っています。
これは、僕たちの日常にも通じると思います。
僕たちはつい、
- 自分には何もない
- 特別な才能なんてない
- もっとすごい人がいる
と思ってしまいます。
でも本当は、何もないのではなく、自分の武器にまだ気づいていないだけなのかもしれません。
僕自身も、昔は、
- スキルなし
- 経験なし
- 人脈なし
- 学歴なし
- コミュ力なし
そんなふうに、自分には何もないと思っていました。
だからこそ、“なしお”という名前をつけました。
でも今は少しずつ、「ない」と思っていたものの中にも、実は「ある」が隠れていたのかもしれないと感じています。
- 調べること
- まとめること
- 物事をつなげること
それは、派手な才能ではないかもしれません。
でも、自分の人生を生きるための大切な武器なのかもしれません。
比べることで、自分が見えてくる
ブルーロックの世界では、他者との比較がかなり強く描かれます。
普通なら、「人と比べなくていい」「自分は自分でいい」と言いたくなるところです。
もちろん、それも大切です。
でも一方で、人とぶつかるからこそ、自分の輪郭が見えてくることもあります。
- 誰かの才能に圧倒される
- 悔しさを感じる
- 自分の弱さを突きつけられる
- それでも、自分の中に残るものを探す
そういう経験を通して、「自分は何で勝負したいのか」「自分は何を大切にしたいのか」が見えてくるのだと思います。
比較は苦しいものです。
でも、比較そのものが悪いのではなく、比較によって自分を否定し続けることが苦しいのかもしれません。
比べたときに、「あの人はすごい。だから自分はダメだ」で終わるのではなく、
- あの人の何に惹かれたのか
- なぜ悔しいと感じたのか
- 自分は本当は何を望んでいるのか
そこまで見ていくと、比較は自己否定ではなく、自己理解の入口になるのかもしれません。
主人公感覚を取り戻す
ブルーロックを読んでいて、一番心に残るのは、登場人物たちが少しずつ自分の物語の主人公になっていくところです。
最初から完璧な主人公なのではなく、迷いながら、負けながら、自分の弱さを見ながら、それでも自分の可能性を捨てずに進んでいく。
これは、僕たちの人生にも似ていると思います。
日常の中で、僕たちはいつの間にか他人の期待や評価を気にして、自分の人生なのに、どこか脇役のように生きてしまうことがあります。
- どう思われるだろう
- 失敗したら恥ずかしい
- 自分なんかがやっても意味がない
そんな声に引っ張られて、自分の本音を後回しにしてしまう。
でも本当は、人生は誰かに許可をもらって始めるものではなく、自分で主人公として立ち上がっていくものなのかもしれません。
主人公になるというのは、目立つことでも、誰かに勝つことでも、すごい人になることでもありません。
- 自分の感情に気づくこと
- 自分の欲求を無視しないこと
- 自分の弱さも含めて、引き受けること
- そして、自分の足で一歩動いてみること
それが、自分の物語を生きるということなのだと思います。
エゴを磨くということ
ブルーロックに出てくるエゴは、ただのわがままとは少し違うように感じます。
それは、自分の欲望をそのままぶつけることではなく、自分の中にある衝動を見つめ、磨き、形にしていくこと。
僕の言葉で言えば、エゴを魂の方向へ磨いていくという感じかもしれません。
- 認められたい
- 勝ちたい
- 表現したい
- 役に立ちたい
- 何かを残したい
そういう気持ちは、未熟なままだと苦しみになることもあります。
でも、その奥にある本音を見つめていくと、それは自分の命をどう使いたいのかという問いにつながっていく気がします。
エゴを消すのではなく、エゴに振り回されるのでもなく、エゴを通して、自分を知る。
そこに、ブルーロックという作品の面白さがあるように思います。
自分の物語を生きるために
ブルーロックを読んで、僕はあらためて思いました。
自分を主人公として生きるには、きれいな理想だけではなく、自分の中にある泥くさい本音にもちゃんと向き合う必要があるのだと。
- 悔しさ
- 嫉妬
- 憧れ
- 認められたい気持ち
- もっとできるはずだという感覚
それらを否定するのではなく、「そこに自分のエネルギーがあるのかもしれない」と見ていく。
すると、自分の中に眠っていた武器や願いが、少しずつ見えてくるのかもしれません。
ブルーロックは、サッカー漫画でありながら、自分の本音と向き合う物語でもあります。
- 自分は何を望んでいるのか
- 自分の武器は何なのか
- 自分はどんな物語を生きたいのか
そんな問いを持ちながら読むと、ブルーロックはただ熱いだけではなく、自己探求の物語としても楽しめる作品だと思います。
僕もまた、“なしお”として、「ない」と思っていたものの中にある「ある」を見つけながら、自分の物語を生きていきたいと思います。


"なしお"という名前は、このブログを作る時に命名しました。命名の由来は、「スキルなし、経験なし、人脈なし、学歴なし、コミ力なし」ということで"なしお"です。当時の僕には、何もないと思ってたので、"なしお"という名前を自分に命名しました。
そして、"ない"を、"ある"に変えていく・気づいていくための、"なしお"の奮闘をこのブログに記していきます。その中で、他の誰かに、お役に立つ情報が少しでもあれば幸いです。